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伝統的工芸品指定「琉球絣」と「南風原花織」

琉球王府の時代から絣の産地として知られた南風原は、今も「琉球絣の里」として職人たちが伝統を受け継いでいます。



「かすり」のルーツは1,300年前のインド

7~8世紀頃にインドのラジャスターン地方で発祥したと言われる「絣」の技術には、経糸を括って絣模様を織り出す「経絣(たてがすり)」、緯糸を括って絣模様を織り出す「緯絣(よこがすり)」、そして経糸と緯糸の双方を括って絣模様を織り出す「経緯絣」があります。その「絣」の歴史の中で、現在の絣に大きな影響を与えたとされるのが、インド西部のグジャラート州で織られた伝統の布地「パトラ織」です。マハラジャのみに着用が許されとされる経緯絣で、アジア各地で舶来ものとして珍重されてきた歴史があり、インドネシアなどでも王族・貴族のステイタス・シンボルとされていました。



アジアに広がる「かすりロード」

日本への「絣」の伝播ルートは残念ながら詳しく解明されてはいません。ルートも複数あったと考えられていて、そのひとつが「インド→ミャンマー→タイ→マレーシア→インドネシア→フィリピン→台湾→沖縄→日本本土」と言う説。他にも「インド→ミャンマー→タイ→中国→沖縄→日本本土」など、日本への伝播ルートは複数あったと考えられています。



かすり技術を発展させた琉球の女性たち

大交易時代の波に乗り、インドから東南アジア各地に広がった「絣」が沖縄に入ってきたのが、14~15世紀頃と言われています。当時は本島をはじめ宮古・八重山や久米島の島々で、王府に納める貢納布(こうのうふ)として織られていました。首里王府の絵師が描いた絣デザイン集の「御絵図帳(みえずちょう)」を基に、女性たちが厳しい製造工程に従事。デザインや染色技術の織物技術は高度に発達し、これが江戸時代の日本各地に伝わり絣のルーツにつながったと言われています。




絣の隆盛と南風原花織の誕生

明治時代になると商品として琉球絣が市場に出回りはじめ、大正時代頃には沖縄県は多くの織子を養成しました。南風原村(当時)でも村立の女子補修学校が設立され、たくさんの婦女子が綾織りや斜文織などを習得し、その技術は先代から伝わる花織の技術も加わって「喜屋武八枚」「照屋八枚」など独自の花織の技法を開花。県内各地にも民間工場が設立され、沖縄は織物の一大産地へと発展しました。



琉球絣と南風原花織の特徴

琉球絣は主に絹糸と木綿糸を使用し、草木を原料とした染料と、何より約600種にものぼる沖縄の多彩な自然や動植物を取り入れた図柄が最大の特徴と言えるでしょう。美しい幾何学模様独特の図柄は「御絵図帳」によって厳格に伝えられ、糸を染める際は図柄を基に1ヵ所ずつ手括りで縛っていくという、非常に手間のかかる作業によって作りあげていきます。そして織りは緯糸を経糸の間に杼(シャトル)を投げ込んで織っていくという昔ながらの技法。日に1~2メートル位ずつを織子が丹念に織り上げていきます。 南風原花織の特徴は多様な色彩の糸を使って描き出す立体感のある浮き柄にあります。織り方や柄にも「ヤシラミ花織」「タッチリー」「ロートン織」など産地独特の名称があり、その模様は花のように美しく華やかな印象を与えます。





伝統を受け継ぐ「琉球絣の里」

第二次世界大戦では資材の供給が止まり工場はすべて閉鎖。また産地は激戦地となり多くの生産者の命と設備が失われました。しかし戦後は先祖から受け継いだ伝統に現代の感覚を加えて復活。魅力あふれる多種の模様と、彩り豊かな色彩で、着物はもちろん様々な服飾品やインテリア小物が作られています。琉球王府の時代から絣の産地として知られた南風原は、今も「琉球絣の里」として職人たちが伝統を受け継いでいます。


県内では唯一、全国でも2カ所しかないという織機製造の「大城織機製作所」。選定保存技術保持者である二代目・大城義政さんがつくる織機は全国から注文があります。
県内では唯一、全国でも2カ所しかないという織機製造の「大城織機製作所」。選定保存技術保持者である二代目・大城義政さんがつくる織機は全国から注文があります。
琉球絣が完成するまでは16の工程があり各工程は分業で専門的に行なわれています。この「糸張り場」は絣の糸をかけて糊付けをする作業場。
琉球絣が完成するまでは16の工程があり各工程は分業で専門的に行なわれています。この「糸張り場」は絣の糸をかけて糊付けをする作業場。
絣糸を染める際は主に琉球藍(泥藍:沖縄の伝統染料)が利用されてきました。
絣糸を染める際は主に琉球藍(泥藍:沖縄の伝統染料)が利用されてきました。


織物工房や糸張り作業場など古い時代の情緒が残るこのエリアは「かすりロード」と呼ばれ「織物のまち・南風原町」を体験できる散策ルートとなっています。
織物工房や糸張り作業場など古い時代の情緒が残るこのエリアは「かすりロード」と呼ばれ「織物のまち・南風原町」を体験できる散策ルートとなっています。
年に一度のイベント「南風原ふるさと博覧会」では琉球絣の素晴らしさをPRする「琉球かすりの女王」を選出するコンテストが開かれます。
二年に一度のイベント「南風原ふるさと博覧会」では琉球絣の素晴らしさをPRする「琉球かすりの女王」を選出するコンテストが開かれます。
琉球絣事業協同組合
琉球絣事業協同組合




南風原町伝統工芸 琉球絣
南風原町伝統工芸 琉球絣

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